宇宙的な広がり|ベートーヴェン交響曲第9番第1楽章はブルックナーみたい

年末になると、日本のコンサート会場のいたるところで、ベートーヴェンの交響曲第9番が演奏されます。

交響曲第9番は、たしかにベートーヴェンの最高傑作の一つといえるでしょう。
大規模な編成や長大な演奏時間、使用する打楽器の多彩さ、独唱や合唱を取り入れたことなど、それ以前の交響曲の常識を打ち破った大胆な要素を多く持ち、後に続く交響曲の作曲家たちに多大な影響を与えました。

この交響曲第9番が完成した1824年、ベートーヴェンは以前からの耳の不自由が深刻化し、もはや回復の見込みがたたないほどになっていました。

病との闘い、これがベートーヴェンの音楽を特別なものにしています。

当時、ベートーヴェンは「ミサ・ソレムニス」などの宗教作品の作曲に忙しかったようです。
ベートーヴェンの「第9」に神秘的な感じがするのは、そうった点も影響しているのかもしれませんね。

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1 曲の構成

・第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ウン・ポコ・マエストーソ

冒頭、濃い霧のような、神秘的な響きから第1楽章は幕を開けます。

ベートーヴェンがこれまでに作曲した交響曲では、まず、曲の最初に「主題」という交響曲全体でもっとも重要な旋律を提示し、この旋律をいろんなかたちで変化させることで曲を展開していくのがパターンだったのですが、この交響曲第9番では、聴き手には、神秘的な旋律とはいえないような、いわば「混沌」のなかから主題が現れる、というやり方をしています。

そうしたやり方は、これまで、他の作曲家の手によるものも含めて、全く初めてのものでした。

「第9」は、第1楽章の冒頭から、非常に革新的であるということができるのです。
この始まり方は、まるで、後にあらわれるロマン派の作曲家、ブルックナーによる交響曲の先駆けとなっているといえるでしょう。

「第9」は、それまでのベートーヴェンが貫いてきた作曲姿勢を一番わかりやすく示す曲だと思います。

先人たちが築いてきた音楽の「形式」に、いかにして自分独自の音楽を盛り込むか、ということに苦労していたのが、ハイドンやモーツァルトたちでした。

ベートーヴェンも、最初はそのやりかたに従い、例えば交響曲第1番など、いかにも古典派の作曲家による交響曲の様式に従った作品を書いていました。

しかし、ベートヴェンは、次第に「自分は、こんなふうに表現したいんだ!」という表現意欲に従い、それまでの形式の枠を越えてでも自分のやりたいことをやる、という方向に進んでいくことになるのです。このような姿勢は、後の作曲家たちにも影響を与えました。

このようにベートーヴェンは、それまでのように、音楽の「形式」に沿って作曲していた音楽家たちとは違い「自らの表現意欲のためには音楽の形式にとらわれることはない!」という重要なメッセージを、後に続く作曲家たちに伝えているような気がします。

それまでの音楽家たちがとらわれていた「殻」を破る先駆けとなったという意味でも音楽の歴史の中での、ベートーヴェンの位置づけの重要さが理解できるでしょう。

そして、ベートーヴェンの独創性がもっともわかりやすく表れているのがこの交響曲第9番「合唱」だと思います。

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